アーベントリート、詠い直し。
Posted by Saya-Abendlied - 2007.10.06,Sat
トマスはBastardSwordに乗る船員の中では年若い方だ。
それでも彼は古株である。何せ船長であるサヤがまだ斜陽の都に籍を置いていた頃からその下にいるのだ。アドリア海をせっせと往復していた頃に比べると、トマスは背も伸びたし筋肉もついた。サヤが随分前に初めて冒険者ギルドの扉を叩き、操帆の技術を学び始めてからは、その隣で誰よりも熱心に技術を盗もうと努力していた。おかげて現在、BastardSwordの操帆手筆頭は彼である。帆に関してなら、動かすのは彼、繕うのはサヤといった感じだ。
「なぁトマス、あんたの夢って何?」
そんなわけでトマスは新入りの船員達のように船長にいきなり話しかけられても驚かない。その日も突拍子もなく飛んできた質問に彼は視線をついと青空に移し、少し考えて彼と彼女の母国語のイタリア語で呟いた。
「夢、ですか」
「別に深い意味はないんだけどね。…まぁ、シュウの奴は「船長と真逆の女と一緒になることですかね」っつってたから、飛び回し蹴りかましといたけど」
サヤは英語からイタリア語に切り替えつつ正面の空間に向かって足の裏をげしっと突き出す。スカートを穿いていた時と比べて確実に足癖が悪くなっている船長に兄貴分のディオさんは頭を抱えてるんだろうなぁと頭の隅で思いながら、トマスは深く考えずにつらつら話し始める。
「俺は、いつか自分の船を持ちたいです」
「ふうん?」
サヤは隣に立つトマスを見上げて片目を細めた。
「別にここが嫌だってわけじゃないんです。まだここにいたいし、まだ勉強したいし。…で、勉強して、立派になったら、今度は自分の船でいろんなとこに行きたいなぁなんて…それが夢、ですかね」
にへらと笑って答えたトマスにサヤも笑い返し、だいぶ高い位置にあるその頭をがしがしとかいた。
「ま、それなら商売の基本はばっちり叩き込んでやるさ」
「…商売ですか?」
「何その不満そうな顔。あんたね、食料も水も船員雇うのも金が要るんだよ? 商売っていうのはねぇ」
突如始まった青空教室に苦笑を漏らしつつ、トマスはまた青空を見上げた後少しの間だけ目を閉じた。
風は順風。波も申し分ない。帆は一杯に開き風を受けて僅かに膨らみ、船員達の声や歌が耳に心地いい。
「ねぇ船長」
「あ?」
「いい天気ですねー」
人の話を聞けとでも言いたげにすこんと短剣の鞘がトマスの後ろ頭を殴った。
それでも彼は古株である。何せ船長であるサヤがまだ斜陽の都に籍を置いていた頃からその下にいるのだ。アドリア海をせっせと往復していた頃に比べると、トマスは背も伸びたし筋肉もついた。サヤが随分前に初めて冒険者ギルドの扉を叩き、操帆の技術を学び始めてからは、その隣で誰よりも熱心に技術を盗もうと努力していた。おかげて現在、BastardSwordの操帆手筆頭は彼である。帆に関してなら、動かすのは彼、繕うのはサヤといった感じだ。
「なぁトマス、あんたの夢って何?」
そんなわけでトマスは新入りの船員達のように船長にいきなり話しかけられても驚かない。その日も突拍子もなく飛んできた質問に彼は視線をついと青空に移し、少し考えて彼と彼女の母国語のイタリア語で呟いた。
「夢、ですか」
「別に深い意味はないんだけどね。…まぁ、シュウの奴は「船長と真逆の女と一緒になることですかね」っつってたから、飛び回し蹴りかましといたけど」
サヤは英語からイタリア語に切り替えつつ正面の空間に向かって足の裏をげしっと突き出す。スカートを穿いていた時と比べて確実に足癖が悪くなっている船長に兄貴分のディオさんは頭を抱えてるんだろうなぁと頭の隅で思いながら、トマスは深く考えずにつらつら話し始める。
「俺は、いつか自分の船を持ちたいです」
「ふうん?」
サヤは隣に立つトマスを見上げて片目を細めた。
「別にここが嫌だってわけじゃないんです。まだここにいたいし、まだ勉強したいし。…で、勉強して、立派になったら、今度は自分の船でいろんなとこに行きたいなぁなんて…それが夢、ですかね」
にへらと笑って答えたトマスにサヤも笑い返し、だいぶ高い位置にあるその頭をがしがしとかいた。
「ま、それなら商売の基本はばっちり叩き込んでやるさ」
「…商売ですか?」
「何その不満そうな顔。あんたね、食料も水も船員雇うのも金が要るんだよ? 商売っていうのはねぇ」
突如始まった青空教室に苦笑を漏らしつつ、トマスはまた青空を見上げた後少しの間だけ目を閉じた。
風は順風。波も申し分ない。帆は一杯に開き風を受けて僅かに膨らみ、船員達の声や歌が耳に心地いい。
「ねぇ船長」
「あ?」
「いい天気ですねー」
人の話を聞けとでも言いたげにすこんと短剣の鞘がトマスの後ろ頭を殴った。
「次の目的地の見当はつくか?」
というサヤの台詞に、船長室に呼び出されたトマスはこくりと頷いた。
「今回の航海で仕入れ発注書が溜まるんですよね。だったら生糸を手に入れるためにマスリパタムだと思います」
サヤ曰く預金が心許なくなっているらしいので稼ぐためにインドに行く予定だというのは聞いていた。サヤは速くて積載量のある船を持っているわけではないので、金稼ぎに香辛料や貴金属・宝石を大量に運ぶ手段は選ばない。縫製マイスターの資格を生かして生糸の産地に篭もりきり、現地にない布地を生産して商売するのである。
トマスの予想通りサヤは頷いたが、続く言葉は予想外のものだった。
「だけど私はちょっとロンドンに用があってね」
「ロンドン?」
「ま、いろいろあるんだけど。…そうするとインドに行くのは遅くなる。でも金は早く稼ぎたい。だから私は定期船でインドまで行こうと思ってるんだ」
定期船、と口の中で呟いてトマスは姿勢を正した。
常識破りの速さを誇る定期船が主要都市を結ぶようになって久しい。だがしかし、あまりの速さに普通の船はついていけないのが諸刃の剣といったところだろう。欧州の山のような交易品をインドや東南アジアに持っていってぼろ儲けしたくても、定期船はあくまでも人を運ぶもので交易品の輸送船ではないから無理な話なのだ。サヤが定期船でインドに行くということは、BastardSwordと船員達はリスボン辺りでお留守番ということになる。
「でも定期船はカリカットまでですよね? そこから先は陸路ですか? それとも新しい船を用意するんですか?」
サヤは首を振った。
「違うよ。ちゃんとカリカットからはBastardSwordで向かう」
トマスの頭の上に疑問符が浮かぶ。サヤは口の端を引き上げ、右手でテーブルを、正確に言えばBastardSwordの船体を指差した。
「私がロンドンに定期船で向かうと同時にこの船は一足先にカリカットまで出港してもらうんだ」
「…別行動ですか」
「そういうこと。リスボンからロンドンまでは結構かかるからね、往復分を考えればちょうどいいんじゃない? まぁこの船は逆風に弱いから定期船の方が早いかもしれないけどね」
そこでだ、とサヤは意味深に言葉を切り、己の椅子から腰を上げるとトマスに近づいてその肩にぽんと手を置いた。
「BastardSwordの指揮、トマスに頼みたい」
トマスの頭の中は一瞬真っ白になった。
「…って、俺ですか!?」
「不安? まあそうか、いきなりガレオンだしね」
「いやそうじゃなくて、副長がいるじゃないですか! ディオさん!」
今までサヤは何度も船を留守にしているが、その間船を預かっていたのは副長のディオだ。経験からしても長いインド航路、船を指揮するのはディオであるべきである。
「もちろんディオも乗るよ。だから、わかんなくなったらあいつに聞けばいい。自由にしていい金も…そうだなぁ、百万ドゥカートくらい残しておくから、水と食料のやりくりや交易なんかもやってみな」
「船長…!」
あまりにも軽いノリにトマスはオロオロするばかり。そんな彼を見上げサヤは大袈裟に溜息をついた。
「本当に途中でやばくなったらディオに代わってもらえばいいさ。とにかくやってみな。一つの船を持つのがどういうことなのか」
台詞にトマスは目を見張る。数日前、雲一つない青空の下でトマス自身が言った言葉が思い起こされた。
「本当はね、航海者の第一歩ってもっと小さな船だから、そっちにすべきだとは思ったんだ。おまけに突然インド航路だ、いろいろと無茶がある。
でも私はあんたの能力はすごいもんだと思うんだよ。小さな頃から船に乗って、自分で手伝えることをばんばん探してどんどん身につけて、今じゃ操帆手筆頭、誰にも負けない一人前の水夫にもうなってると思ってる」
トマス、とサヤは改めて青年の名を呼んだ。
「あんたはこんな商船の一水夫でいていい男じゃないのかもしれない」
「…船長、俺はそんなこと」
「いいから聞きな。…アンコナであんたを雇った時は荷揚げ手伝えるようになればいいかななんて思った程度だったけど、あんたは本当に立派になった。立派な水夫になった。でもね、水夫は"船長"じゃない。…家飛び出していきなり船を持った私が言う台詞じゃないけど、私はあんたに"船長"としてこの船を巣立って欲しいと思うんだ」
台詞が途切れて船長室がしんとする。外から聞こえてくる筈の音さえ遠慮しているような錯覚さえ覚えた。
「…さてトマス、やってみる気はあるかい? ただでさえ危険なインド航路、私を外した五十三人の命を預かってみる気はあるかな? 大丈夫、優秀な副長も優秀な掌帆長も優秀な船医もついてる。バックアップは私の船出の時より完璧だ。水夫の人数は十倍ほど多いけど。…おまけにあんた自身は操帆のプロと来てる。才能なしな私が木の葉みたいな商用バルシャを乗り回してた頃に比べたら、よっぽど安全だとは思うんだが?」
悪戯っぽい雰囲気を醸し出す灰色の目がトマスの目と合う。彼はたっぷり一分ほど突っ立ったまま考えて、そして頷いた。
「でも、他の皆さんの許可も欲しいです。俺に命を預けてくれるか、ちゃんと全員が頷いてくれたら…やります」
「…まぁいいや。頷かない奴はいないだろ。じゃ、決まり」
手の甲で軽くトマスの胸を叩き、サヤは懐かしそうな寂しそうな目をしてその顔を見上げた。
「初めて会った時は、私より小さかったのにね」
そう言えばいつの間に船長の背を追い越したのだろうと、トマスは場違いで呑気なことを頭の隅でぽかんと考えた。
というサヤの台詞に、船長室に呼び出されたトマスはこくりと頷いた。
「今回の航海で仕入れ発注書が溜まるんですよね。だったら生糸を手に入れるためにマスリパタムだと思います」
サヤ曰く預金が心許なくなっているらしいので稼ぐためにインドに行く予定だというのは聞いていた。サヤは速くて積載量のある船を持っているわけではないので、金稼ぎに香辛料や貴金属・宝石を大量に運ぶ手段は選ばない。縫製マイスターの資格を生かして生糸の産地に篭もりきり、現地にない布地を生産して商売するのである。
トマスの予想通りサヤは頷いたが、続く言葉は予想外のものだった。
「だけど私はちょっとロンドンに用があってね」
「ロンドン?」
「ま、いろいろあるんだけど。…そうするとインドに行くのは遅くなる。でも金は早く稼ぎたい。だから私は定期船でインドまで行こうと思ってるんだ」
定期船、と口の中で呟いてトマスは姿勢を正した。
常識破りの速さを誇る定期船が主要都市を結ぶようになって久しい。だがしかし、あまりの速さに普通の船はついていけないのが諸刃の剣といったところだろう。欧州の山のような交易品をインドや東南アジアに持っていってぼろ儲けしたくても、定期船はあくまでも人を運ぶもので交易品の輸送船ではないから無理な話なのだ。サヤが定期船でインドに行くということは、BastardSwordと船員達はリスボン辺りでお留守番ということになる。
「でも定期船はカリカットまでですよね? そこから先は陸路ですか? それとも新しい船を用意するんですか?」
サヤは首を振った。
「違うよ。ちゃんとカリカットからはBastardSwordで向かう」
トマスの頭の上に疑問符が浮かぶ。サヤは口の端を引き上げ、右手でテーブルを、正確に言えばBastardSwordの船体を指差した。
「私がロンドンに定期船で向かうと同時にこの船は一足先にカリカットまで出港してもらうんだ」
「…別行動ですか」
「そういうこと。リスボンからロンドンまでは結構かかるからね、往復分を考えればちょうどいいんじゃない? まぁこの船は逆風に弱いから定期船の方が早いかもしれないけどね」
そこでだ、とサヤは意味深に言葉を切り、己の椅子から腰を上げるとトマスに近づいてその肩にぽんと手を置いた。
「BastardSwordの指揮、トマスに頼みたい」
トマスの頭の中は一瞬真っ白になった。
「…って、俺ですか!?」
「不安? まあそうか、いきなりガレオンだしね」
「いやそうじゃなくて、副長がいるじゃないですか! ディオさん!」
今までサヤは何度も船を留守にしているが、その間船を預かっていたのは副長のディオだ。経験からしても長いインド航路、船を指揮するのはディオであるべきである。
「もちろんディオも乗るよ。だから、わかんなくなったらあいつに聞けばいい。自由にしていい金も…そうだなぁ、百万ドゥカートくらい残しておくから、水と食料のやりくりや交易なんかもやってみな」
「船長…!」
あまりにも軽いノリにトマスはオロオロするばかり。そんな彼を見上げサヤは大袈裟に溜息をついた。
「本当に途中でやばくなったらディオに代わってもらえばいいさ。とにかくやってみな。一つの船を持つのがどういうことなのか」
台詞にトマスは目を見張る。数日前、雲一つない青空の下でトマス自身が言った言葉が思い起こされた。
「本当はね、航海者の第一歩ってもっと小さな船だから、そっちにすべきだとは思ったんだ。おまけに突然インド航路だ、いろいろと無茶がある。
でも私はあんたの能力はすごいもんだと思うんだよ。小さな頃から船に乗って、自分で手伝えることをばんばん探してどんどん身につけて、今じゃ操帆手筆頭、誰にも負けない一人前の水夫にもうなってると思ってる」
トマス、とサヤは改めて青年の名を呼んだ。
「あんたはこんな商船の一水夫でいていい男じゃないのかもしれない」
「…船長、俺はそんなこと」
「いいから聞きな。…アンコナであんたを雇った時は荷揚げ手伝えるようになればいいかななんて思った程度だったけど、あんたは本当に立派になった。立派な水夫になった。でもね、水夫は"船長"じゃない。…家飛び出していきなり船を持った私が言う台詞じゃないけど、私はあんたに"船長"としてこの船を巣立って欲しいと思うんだ」
台詞が途切れて船長室がしんとする。外から聞こえてくる筈の音さえ遠慮しているような錯覚さえ覚えた。
「…さてトマス、やってみる気はあるかい? ただでさえ危険なインド航路、私を外した五十三人の命を預かってみる気はあるかな? 大丈夫、優秀な副長も優秀な掌帆長も優秀な船医もついてる。バックアップは私の船出の時より完璧だ。水夫の人数は十倍ほど多いけど。…おまけにあんた自身は操帆のプロと来てる。才能なしな私が木の葉みたいな商用バルシャを乗り回してた頃に比べたら、よっぽど安全だとは思うんだが?」
悪戯っぽい雰囲気を醸し出す灰色の目がトマスの目と合う。彼はたっぷり一分ほど突っ立ったまま考えて、そして頷いた。
「でも、他の皆さんの許可も欲しいです。俺に命を預けてくれるか、ちゃんと全員が頷いてくれたら…やります」
「…まぁいいや。頷かない奴はいないだろ。じゃ、決まり」
手の甲で軽くトマスの胸を叩き、サヤは懐かしそうな寂しそうな目をしてその顔を見上げた。
「初めて会った時は、私より小さかったのにね」
そう言えばいつの間に船長の背を追い越したのだろうと、トマスは場違いで呑気なことを頭の隅でぽかんと考えた。
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